ココがヘンだよ!Android!

Androidを使い始めてから1年。スペック的にもシステム的にもAndroidはずいぶん使いやすくなったとは思うけれど、やっぱり現状、まだまだユーザビリティの面では不安や不満がある。それゆえ個人的にはまだまだAndroidは「全体的に分かりにくい」印象があるし、「自分では大好きだけど他人には勧めにくい」という状況が続いている。

というわけで、今回は表題通り自分がAndroidを使ってきた中で「これはないわー」「これはなんとかしてほしい」と思ったところを列挙していくことにしたい。そして「Androidが全体的に分かりにくいような気がする」原因の糸口がつかめればと思う。

ホーム画面がわかりにくい…というか、自由度の高さがあだになる
Androidの特徴の中に「ホーム(待ち受け)画面上にウィジェットを置ける」というのがある。ウィジェットを置くことで定期的にWEBなどから情報を取得したりできるが故に、ホーム画面のアイコンからアプリを立ち上げて情報取得する必要があるiPhoneより優れていると言われやすいところではある。

ただ、それがかえってわかりにくくなってる原因じゃないかと思う。iPhoneを語る言説でよく出てくるのが「iPhoneは不要な要素をそぎ落とすことでUIやユーザビリティを洗練させている」といった文句だが、Androidは場合によってはその反対をいく。
iPhoneみたくシンプルな画面構成を求めるならウィジェットを置かずに厳選したアイコンを置けばいい。ユーザの好きにできる部分がいろいろあるって、ウィジェットを置くにしてもどんな情報を表示するかとかどんな風に画面を飾り立てるかによってその選択肢は違ってくるし、究極的にはホーム画面を担当するアプリを入れ替えることすら可能だ。
だが、自由度の高さには、それ故にどうすればいいのかわからなくなる罠も存在する。そういえば自分がスーファミのRPGにハマってた90年代初頭に、「RPGは自由度が高い方がいいのか、ストーリーに沿った一本道でもいいのか」という議論がちょこちょこと出ることがあった(今も出るかも知れないが)。その中で「自由すぎても何をすればいいのか分からなくなってしまう」という意見があったが、Androidはちょうど「オープニングが終わったらいきなり主人公が一人でフィールドに放り出されてしまった状態」に陥ることが多いのではないかと思う。iPhoneの「ホームにひたすらアイコンが並んでる」方が、RPG的には主人公の家や城から始まるのに近い感じがして分かりやすいかも知れない。
最近出てきた端末だとそのあたりはある程度使いでのあるアプリやウィジェットをあらかじめ入れておくなどで対処してあるように見受けられるが、やはり「なんでもできるといわれても、なにをすればいいのかわからない」という状況は結構あると思う。

あと、ツイッターのTL上でとあるAndroidアプリの開発者さんが「ウィジェットの置き方の分からない人からウィジェットアプリに低い評価をつけられてしまう」というツイートをしたときがあった。たしかに落としてからそのアプリを立ち上げるのではなくホームの何もないところを長押し、というのは分かりにくい気もする。アプリを立ち上げるとウィジェットが置けるという方がまだ分かりやすいかも知れない。

気に入ったアプリと出会いにくい
「どんなアプリを入れると自分の求めてたことができるか」というのはスマホにとっては大切なことである。それを知ったり探したりする場所としてAndroidにもAndroidマーケットがあるが、正直ここも使い勝手はまだあまり良くない。

それこそ全体向けのオススメアプリとか自分のDL履歴などから割り出されるオススメアプリなどがあればいいのだが、全体へのオススメアプリがあるくらいで、それもあまり数は多くないし(マーケットの使い勝手とは別の部分と思うが)海外のアプリで説明部分も英語のままのものがオススメとして表示されることが多い。それはいいとしても、それぞれのジャンルから探そうとしても数が結構ある上に玉石混交、結局マーケットで直接探すことが一番効率が悪いというケースも出るかも知れない。

戻るボタンの挙動がまちまち
Androidの戻るボタンも、「(アプリをまたいだ)直前の操作に戻る」という挙動から使いやすいと評価されることが多いものだが、戻るボタンの挙動に関してもけっこうアプリによって違いが出てくる。ブラウザアプリにしても他のアプリからURLを開いたあとで戻るボタン押したときの挙動が直前のアプリに戻るのもあれば直前までそのブラウザで開いてたページに戻るものもあり、戻るボタンで画面が戻るのではなくブラウザが終了してしまうものもある。

ハードボタンの対応状況もまちまち
あと、メニューのハードボタンを押した時にちゃんとメニュー画面が出るアプリもあれば、メニューボタンを押しても何も出ず、画面上に設けられたメニューボタンから出さなければならないアプリもあったりする(UIがiOS向けのままで移植されたアプリに多い気がしないでもない)。

総じて、良くも悪くもPC的
…というのが、もしかしたらAndroidを勧めにくい原因の正答に近いような気がしてならない。

元来携帯電話は「携帯」する「電話」である。普通に日常生活を送っているのであれば電話をかけたり受けたりする操作で迷うことはない。そこにメールを使えるようにしたり軽量のWEBサイトを見られるようにしたりメディア再生機能を付けたりしたのが今の携帯である。ていうかもはや携帯電話というより「ケータイ」という呼び方の方が通りがいいほどになっているところから、ケータイとは携帯電話の略ではなく「携帯する何か」の略ではないかと思うくらいである。

現時点の携帯も分かりにくかったり機能を使いこなす方が難しいところもある。ただし複雑化しつつも、基本的には「電話的なインタフェイスの中でよく使う操作をいかに迷わずに操作できるか」という枠をはみ出さないように作ってあるとは思う。それに対してスマホは、電話的でないモノに電話をくっつけたような感じだろうか。インタフェイスは電話的でない方が多いし、そもそもアプリなどが動くプラットフォームに電話を乗っけたような印象がある。その点はAndroidもiPhoneも同じだろうが、大きく異なる点はiPhoneはコンピュータとの連携が前提になっていて、Androidは端末単体で運用するのが前提になっているところじゃないかと思う。そしてそれ故(もしくはGoogleが絡んでるという点も影響して)、AndroidはiPhoneよりもPC的なイメージが強くなってるんじゃないかと考える。
確かに単体でいろいろできるのは確かにありがたいいかもしれないが、「なんでもできる」の後に「けど何ができるの?」と続いてしまうと結構困ったことになったり迷ったりするんではないか。
iPhoneはもともとiPodの派生物だから、音楽が聴ける、動画も観られる、というメインのセールスポイントがあるから「けど何ができるの?」が続くことはあまりないと思う。Androidだって音楽も動画もイケるんだけれど、ソコの部分は弱いし、やっぱりそれ以上に自由度が高い作りだから、「なんでもできるけど具体的に何ができるのかいまいちイメージが沸かない」という状況になってるんではないのか。

(例えて言うなら、PCがないといろいろとできないことが多いiPhoneはラジカセでテープにダビングとかしないと音楽が聴けないカセットプレイヤーで、Androidが単体で何でもできるPC、と例えようとしたけど、なんとなく矛盾がありそうな気がするので後で煮詰めることにする)

(おまけ)発売される機種が多すぎる
あと気になるところが、それを言っちゃあおしまいよ、というところではあるけどなんと今年だけで10機種以上(ええと…Xperia、Desire、IS01、LYNX、IS03、Desire HD、GALAXY S、LYNX 3D、GALAPAGOS、GALAXY Tab、Dell Streak、SIRIUS α、Libero、REGZA Phone、HTC Aria…で全部だったっけ)も端末が出てて、それぞれでデフォルトUIも違う(標準UI、HTC Sense、OceanUI、TapFlow、NX!UI…エトセトラエトセトラエトセトラ。あとXperiaのTimescapeも入れておこうか)。これだけ出てるともうなにがなんだかわからなくなる。Android使いの自分でも。

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